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2011年3月 1日 (火)

祝100歳

母方の祖母が、今日で100歳。

明治があと少しで終わる頃、東北の小さな村で生まれ育ったときいています。弟妹を学校に通わせるため、長姉であった祖母は家の仕事を手伝うようになって小学校へ行かなくなり、小学校を卒業していないとか。私が小学校の頃にもらった手紙は、私よりも下手で大きな字で、書かれていました。読点「、」と句点「。」の区別がついていないし、「お」と「を」が同じように使われていたり、東北だからなのか、「し」と「す」が反対だったり、昔風の仮名遣いもあって、私には読みにくいものでした。でも、手紙を書くと必ず返事をもらえて嬉しかったことが思い出されます。

そんな祖母は、同居の孫(私にはいとこになります)が育った頃、おば(お嫁さん)にすすめられて公文式に通い、文字を習ったそうです。60歳をとっくに過ぎていたはずですが、だんだんと字が上手になり、大人の文章になっていきました。

おばあちゃんになっても、勉強するんだ~・・・と、驚いたり感心したり、でも、そんなに年をとっても勉強するのはちょっと嫌かも、と感じたことも覚えています。

日本人の平均寿命をとっくに過ぎて、あるひ、ひとつの要望というか希望というかわがままというかがあったのは10年ほど前。「娘と暮らしたい」と。

首都圏に住む娘(私の母です)は10代で家を出ました。転勤族の父と結婚した母は、生まれ育った東北を離れて主に西日本と九州を転々とする中、毎年帰省することはありませんでした。冠婚葬祭以外は、数年に一度だったと思います。

端からみて、それなりに幸せそうに思えていたのですが、娘と暮らしたいという思いはどこかにしまっていたのだろうか、それとも、この年になったからそう思うのだろうか、でも、わがままなんてきいたことなかったから、できることなら希望が叶うといいな・・・と、孫としてあれこれ思いを巡らしていましたが、結果的にはまわりのサポートを受けて、母と同居し始めたのです。

一緒に住んでみれば、かわいかった娘とぶつかることもあったようですが、私が息子達(祖母にはひ孫)を連れて会いに行けばおしゃべりも楽しく、それなりの日々であったと思います。祖母と我が家の三男の誕生日が近いこともあって、いっしょにお祝いしてきましたが、たくさんのローソクを吹き消す祖母は嬉しそうでした。

ただ、希望が叶ってしまうと、今度はフツウの暮らしが懐かしくなったようで・・・

週に2回のデイサービスには喜んで通っているように見えたのですが、ある日、言っていることをわかってもらえないと話していました。いわゆるズーズー弁を聞き取ってもらえないのでコミュニケーションが取れなかったようです。みなさん親切なので、わがままを言ってはいけないと考えて、その場ではニコニコしていたらしいのですけれど、寂しかったようです。話を聞いて、胸が詰まりました。

話を聞くと、もっと会いに行かなくちゃ、とは思うのですが、月に1回がやっと。誕生会や花見など、なにか行事がないと、私の腰はなかなか上がらなかったのでした。

昨年の秋も遅く、祖母は叔父夫婦の住む東北へ帰りました。

お祝いをどうしようか、手紙を書こうか、電話をかけようか・・・と先月から迷ったあげく、妹とも相談の上で何もしないことにしました。

フツウの日々が一番だと思うから。

おばあちゃん、フツウの暮らしを楽しんでくださいね。直子

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